スギ植林地におけるスギ伐採後の雑木林形成に伴う昆虫相の変化に関する研究
1. はじめに
日本の森林は人為によって成立してきた森林の占める割合が高い。近年,自然に対する人間の働きかけの減少が引き起こす生物多様性の低下が問題となっている。これは人為的影響を強く受ける二次林や人工林をいかに生物多様性の保全に適した状態にするか,という問題でもある。この問題を解決するためには,自然や人間の力によって二次林や人工林に生じる環境の変化がそこに生息・生育する生物や生物多様性にどのような影響を与えるのかを詳細に把握する必要がある。そこで本研究では,食物や生息地としての環境依存度と植生依存度のレベルが異なる3 つの分類群の昆虫,アザミウマ類,バッタ類,チョウ類を対象として,人工林であるスギ植林地におけるスギ伐採後の雑木林形成に伴うそれらのファウナの変化を明らかにするための調査を実施した。その中でも今回は多くのデータが得られたアザミウマ類について,環境の変化に伴ってアザミウマ相がどのように変化するかを考察した。
2. 調査地及び調査方法
2009 年10 月から2010 年11 月までの期間に,福島県いわき市田人町のスギ植林地の一部が伐採された場所とその周辺で,計11 回の採集調査を実施した。アザミウマ類の採集は,植物を叩いてその組織上にいる個体を落下させるビーティング法とツルグレン・ファネルを用いてリター中に生息する個体を抽出する方法を併用して行った。
3. 結果及び考察
本研究における調査によって2 亜目3 科37 属54 種のアザミウマ類が記録され。スギ植林地では種の多様性が低いが,スギが伐採されることによって生じる環境の変化から多くの植食性種が加わり,多様性が上昇することが示唆された。雑木林形成の進行に伴って植食性種は減少するものと考えられるが,雑木林では枯木や枯枝に生息する菌食性種が新たに加わることが示唆されたため,種の多様性はスギ植林地ほどには低下しないものと考えられる。バッタ相やチョウ相の種の多様性もアザミウマ相と同様に,スギの伐採によって上昇し,雑木林形成が進行するのに伴って低下することが示唆された。ただし,それぞれの分類群における種の多様性が変化する過程においては,種類数が単純に増加したり減少したりするのではなく,そこに生息する種の入れ替わりも生じているため,高い種の多様性を維持するためには様々な環境が同時に存在していなければならないものと思われる。
スギ伐採後に雑木林が形成されつつある調査地を生物多様性の保全に適した状態で維持するためには,1)林内あるいは林縁部にある程度の規模の人為的なギャップを設け,2)積極的に植樹を行う場所と自然の遷移に任せる場所の区分けを明確化し,3)木本植物を伐採する際には,構成樹種や生育段階の多様性を充分に考慮するなど,人間の手で環境をある程度管理することが必要である。このことを確認するためにも,本研究における調査の結果を基礎データとし,今後も遷移の進行による環境変化に伴う昆虫相の変化を明らかにするための調査を継続して行っていくことが必要である。
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