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福島大学学長の新入生・在学生・保護者の皆さまに向けた新たなメッセージが4月21日に発表された.このメッセージも,3月25日付のメッセージ(以下,旧メッセージ)同様,検討を要するものであると考える.そこで,本稿において,新たなメッセージの検討を行いたい.
新たなメッセージを一読するとわかるように,旧メッセージで根拠を示さず述べていた「(放射線量が)開校(このメッセージが発表された段階では,4月25日である)までにはさらに1/30程度に減衰」という主張が撤回されている.実際,現在の放射線量は3月25日の放射線量と比べて1/3程度(例えば,福島市の3月25日0時測定の放射線量は4.85μSv/hで,4月25日0時測定の放射線量は1.65μSv/hである)であるので,もちろん主張を撤回するのは当然のことであろう.
しかしながら,ただ撤回すれば良いというものではない.旧メッセージでは,何の根拠も示していないにも関わらず,自らの主張は科学的なものであると主張していたことを忘れてはならない.既に,旧メッセージに対しての検討で指摘したように,誤った情報を何の根拠も示さずに科学的であるかの如く語ることこそが,風評の源泉である.少なくとも,結果的には根拠なしに誤った情報を公的機関の代表として発信していたわけであるから,そのことをまず謝罪する必要があろう.その上で,どのような科学的な根拠を基に旧メッセージの主張を導出したのかを明らかにすることで,どこに間違いがあったのかを他者が検証できるようにすることが,全うな科学者の態度ではないか.万が一,特段の根拠もなしに,科学的であるふりをしていたのであれば,自分自身が「非科学的な憶測」をしていたことを謝罪し,その責任をとる必要があることは言うまでもないことである.
続いて,個々の段落について,検討したい.
まずは,第2段落について検討する.第2段落では,次のように述べている.
福島大学は,震災での建物被害は少なく,マグニチュード9.0という史上最大級の地震においても,また,その後の余震においても安全が保たれています。
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おそらく,この段落で言わんとしていることは,福島大学の建物は安全だということなのであろう.だが,そのことを示すための事例として,この段落で挙げられているものは適切であろうか.
確かに,福島大学の建物はマグニチュード9.0という地震に耐えた(ただし,震度5強).しかし,それを言うならば,福井大学もマグニチュード9.0という地震に耐えたし(ただし,震度3),福岡大学もマグニチュード9.0という地震に耐えた(ただし,震度1).要するに,地震の大きさはマグニチュードという指標で表されるが,それが建物の被害の大きさと直結しているわけではない.地震の大きさよりは,各地点での揺れの程度の方が,直接的に建物の被害と結びつくであろう.地震の大きさを表すマグニチュードという指標の他に,各地の揺れの程度を示す震度という指標があるのは,そのためだ.地震と建物の被害の間の関係についての評価を行うには,地震についてはマグニチュードではなく,震度を指標とするのが適切であろう.
不適切な指標によって安全であることを謳うのは,リスク・コミュニケーションのあり方として問題であると指摘せざるを得ない.特に,このメッセージのように,「マグニチュード9.0という史上最大級の地震」においても「安全が保たれ」たと述べるのは,安全さを誇張するための指標のすり替えであると断ぜざるを得ず,非常に大きな問題である.
第4段落では,次のように述べている.
放射能被曝については,本学における汚染核種の分析も終了し,被曝予測量を正確に計算することができるようになりました。その結果,5月1日から1年間の大学屋外での被曝予測量は15.0mSvから6.8mSv,屋内では2.3mSvから1.1mSvとなっており,健康被害が発症する被曝量ではありません。また,大学構内で最も放射線強度が強いところで2.4μSv/時と4月19日に文部科学省が屋外活動の制限基準と定めた3.8μSv/時より低い値になっています。
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まず,この段落の前半で述べられている,福島大学における「汚染核種の分析」とそれに基づく被曝予測量についてだが,それらについての詳細を公式ホームページに掲載し,メッセージからリンクを貼ることで,関心あるものが自由に見れるようにしておく必要があろう.単に,「やりました」と言うだけでは,なかなか届かない出前に対する注文主からの文句の電話に対して,実際に出発したか否かは別として「今,行きました」と答えるいい加減な店主の発する言葉と,情報の質に何ら変わりはない.
しかし,本当の問題は,続く「健康被害が発症する被曝量ではありません」という部分から始まる.
もし,「健康被害」が被曝による急性の健康被害のことのみを指すのであれば,それは科学的に裏付けられた事実であろう.このことが主張したいのであれば,正確に「急性の健康被害が発生する被曝量ではありません」と書かなくてはならない.
そうではなく,全ての健康被害がないと断定するのであれば,なぜ,そのように断定できるのか根拠を示す必要がある.確かに,世の中には,福島大学で予測される被曝量程度では,健康被害は起きないであろうとする科学者が存在するのは事実である.例えば,福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに就任された諸氏が,そのような立場をとる科学者の典型であろう.しかしながら,福島大学で予測される被曝量程度でも何らかの健康被害が起こる可能性があることを指摘する科学者も多数存在する.例えば,放射線リスク欧州委員会(ECRR)がその一例である.また,国際放射線防護委員会(ICRP)は,低線量放射線によるガンのリスクについて,閾値(そのレベルを超えると健康被害が起こるという値)はなく,ガン死のリスクは1Svあたり0.05という推測モデルを採用している.このモデルは,非常に低いレベルの放射線被曝であっても,全く健康被害が起きないわけではないということを意味する.このように,低線量放射線被曝の健康リスクは,まだ科学的な結論が出ていない問題なのだ.
科学的に決着がついていない問題に対して,何の根拠もなしにある立場のみを信じるのは,迷信に過ぎない.もちろん,ある個人が盲信的にある迷信を信じるのは,その者の自由である.しかし,その信念を,根拠がないまま他者に強制的に押し付けようというのは,性質の悪い宗教信者の行為と大差なく,断じて科学的な振る舞いではない.
福島大学が学問の府であるならば,ここで最低限なされなくてはならないことは,旧メッセージに対しての検討で指摘したことの繰り返しになるが,どのようなリスクが考えられるのか,最善のシナリオから最悪のシナリオまで予測される事態の幅を示すことである.そして,もし,その中のいずれかのシナリオを採用するのであれば,それを採用する根拠が明示される必要がある.他者がその真偽を検証できない形での情報発信は,決して科学的な態度ではないのだ.
さらに,段落の最後では,大学構内の放射線強度について,文部科学省が定めた基準値を下回っていることを述べているが,これは,何かあった時に文部科学省に責任を転嫁するための記述なのであろうか.もし,そうであるならば,学長,及び,執行部が身を守るための政治的戦略としては,正しい判断なのかもしれない.
しかし,「文部科学省が安全と言っているから安全」という態度を採用するということは,大学自らが,この問題について判断する能力がないことを表明することに他ならない.このことは,福島大学,及び,学長による,これまでの安全性に関する発言は,判断能力がないにも関わらず行ってきた,無責任な放言であるということを自ら認めたことを意味する.そして,今後も,福島大学が発信する放射線に関する安全情報は,単なる妄言と捉えられても仕方ないものであることを自ら宣言したことになろう.これではもはや,学問の府ではない.
続く,第5段落では,次のように述べている.
私たちは,学問の府として,この事実を踏まえ,単なる被害者としてだけではなく,人類初めての原発震災の事実を分析し,皆さんとともにその成果を人類史の中にとどめたいと考えています。
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この段落は,意味を理解するのが大変難しい段落である.まず,「この事実」とは一体何を指すのであろうか.また,「原発震災の事実」とは何を意味するのであろうか.普通に考えれば,前者は,前の段落で述べられた,福島大学での予測被曝量は健康被害が発症するような被曝量ではないということであろう.そうであるとすれば,前者を踏まえて分析される後者は,大学で予測される被曝量の多寡によって異なってくるものということになろう.では,大学における被曝量の多寡によって異なってくる,人類史の中にとどめるべき事実とは,一体何なのだろうか.この程度の放射線量では,長期にわたって健康被害は起こらないということを,事実として立証しようとでも言うのだろうか.「皆さんとともに」という句が,不気味に響く.
そして,最終段落は次のようなものである.
保護者の皆さまにおかれましても,こうした状況下での新たな門出に不安をお持ちかと存じますが,大学は安全管理を徹底し,環境保全に努めてまいりますのでご理解のほどお願い申し上げます。
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ここで,「大学は安全管理を徹底し」と述べているが,「安全管理」として具体的に何をやっているのかについて,一切の記述がない.上述のように,科学的な決着がついていない安全の問題に対して,何の根拠も示さずに,もっとも危険側の仮説を採用している時点で,決して徹底した安全管理をしているとは言えないのではないか.
同様に,「環境保全」として具体的に何をやっているのかについても,一言も言及していない.少なくとも,放射線の影響を低減するための何らかの措置を行ったという情報を,学内で一度も聞いたことがないし,さらなる放射性物質の到来を防ぐために何らかの措置を行ったという情報も,一度も聞いたことがない(もっとも,単に私が学内情報に疎いだけかもしれないが).
このような状況で,保護者の皆様に,一体何を「理解」しろと言うのであろうか.残念ながら,私には,理解できない.
以上より,旧メッセージに引き続き新たなメッセージも,一見科学的であるかの振る舞いをしてはいるものの,その実は,十分な根拠のない非科学的な代物であると結論づけるしかない.
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(2011/4/25)
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