Saori HOSHI of 塘研究室

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Tsutsumi LABO. 塘研究室 since 2010-03-21

Saori HOSHI

フウトウカズラクダアザミウマ(総翅目:有管亜目)の腹板腺の形成過程

1.はじめに
 アザミウマ類の腹板腺については,これまでに穿孔亜目アザミウマ科の2亜科5属7種と有管亜目クダアザミウマ科の2属3種の微細構造が記載されている。両亜目の腹板腺には共通点も見られるが,全体構造などに顕著な相違点が見られることから,亜目間で起源が異なる可能性が示摘されている。腹板腺の起源を論じるためには,それぞれの腹板腺の形成過程を明らかにし,相同性を検証する必要がある。しかしながら,アザミウマ類の腹板腺の形成過程は,穿孔亜目アザミウマ科のヒラズハナアザミウマでしか明らかにされていない。そこで本研究では,両亜目における腹板腺の相同性を検証することを目的に,有管亜目クダアザミウマ科のフウトウカズラクダアザミウマの腹板腺の形成過程を,主として透過型電子顕微鏡を用いて観察・記載した。

2.材料と方法
 フウトウカズラクダアザミウマ(Liothrips kuwanai)の蛹と成虫をエポキシ系樹脂に包埋し,ウルトラミクロトームで1μmの厚切切片とし,トルイジン・ブルーで染色して光学顕微鏡で観察した。さらに100nmの超薄切片を作製し,透過型電子顕微鏡で観察した。

3.結果と考察
 フウトウカズラクダアザミウマの腹板腺は,最終齢期である3齢蛹の時期に,成虫のクチクラを分泌する上皮細胞が腺細胞へと形態と機能を変化させることによって形成を開始すること,機能的に完成するまでには5つに区分できるステージを経ることが明らかになった。1)3齢蛹の腹部第8節の腹板クチクラ内側には,腹板腺原基である2層の上皮細胞層が認められる。2)その後,アポリシスが生じることによって蛹のクチクラと上皮細胞層の間に間隙が生じ始める。3)羽化直前になると,蛹のクチクラと上皮細胞層の間の間隙は狭くなり,蛹と成虫の2枚のクチクラが認められる。腹板クチクラに接する細胞(外側の細胞層)には微絨毛が発達し始め,細胞質内には分泌顆粒,伸張したミトコンドリアなどが認められる。4)その後,腹板クチクラ内部に繊維状物質を含む構造とクチクラ最外層の陥入部が生じるようになる。5)羽化後は微絨毛がさらに発達し,腹板クチクラ内部の繊維状物質を含む構造とクチクラ最外層の陥入部が連続して数が増え,機能的に完成する。
 フウトウカズラクダアザミウマの腹板腺を構成する内外2層の腺細胞層のうち,外側の細胞層は成虫のクチクラを分泌する上皮細胞起源であるが,内側の細胞層は腹板腺形成が進むにつれて徐々に発達することから,腹板腺の成虫原基の可能性も考えられる。
 穿孔亜目アザミウマ科のヒラズハナアザミウマの腹板腺においても,本研究で形成過程が明らかになった有管亜目クダアザミウマ科のフウトウカズラクダアザミウマと同様に,最終齢期に腺細胞が上皮細胞起源で生じることによって形成が開始されること,羽化後すぐには機能的にはならないことが知られており,微細構造的特徴も含めて両亜目の腹板腺の形成過程には多くの共通点が認められた。したがって,両亜目の腹板腺が相同な器官であることは間違いないものと思われる。しかしながら,腹板腺が存在する腹節,その数,そして腹板腺の全体構造が亜目間で大きく異なること,さらに両亜目ともに腹板腺を持たない多くの分類群が存在することなどを考えると,アザミウマ類の腹板腺は両亜目の共通祖先における単一起源と考えるよりは,穿孔亜目と有管亜目でそれぞれ独立して起源したものと考えるべきであると思われる。
 有管亜目の腹板腺の微細構造は,これまでにLiothrips属とPsalidothrips属の2属でしか記載されていないが,これら2属の腹板腺には,表皮下域の有無や腺細胞の層数など全体構造に関する大きな相違点が知られている。このことは,有管亜目においては腹板腺が多起源であることを示唆するのかもしれない。ただし,腹板腺の構成要素の中には比較的変化しやすい形質も知られていることから,有管亜目における腹板腺の多起源性については,有管亜目に属する様々な種の腹板腺の微細構造や形成過程を明らかにした上で検討する必要があると思われる。

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